めんどくさがりの迷走

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母親からの束縛、過干渉、依存について~【その1】

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私には実家にいたときから悩みがあります。
それが母親の過干渉、依存です。

世の中見渡せば、もっと大変な思いをしている人は沢山いると思います。
ですので、私の場合の一例としてみて頂ければと思います。

書いていくうちに長くなったので3部構成くらいになります。

 

うちには上に兄がいる2人兄妹ですが、私が母の念願の女の子だった事と、
母は少し神経質な部分があった事、
また、父母が不仲だったため、母親の心のよりどころが(恐らく)私になっていたというのもあって、昔から少し過保護気味かなという感じで育てられました。

"兄と比べれば"の話ですが、私は兄よりは色々と買い与えられ甘やかされて育ってきたと思います。
うちは特段裕福ではなく、どちらかといえば中から下くらいの層なのでに本当に何でもというわけではないですが…

自分の親が過保護気味だなとはっきり気がついたのは高校卒業前位になってからで、
その過保護が、依存に繋がっていると気付いたのはその2~3年後くらいから、
もうこれ依存でしょ…と完全に確信したのは学校を卒業してしばらく経ってからです。

危険から遠ざけるパターンの過保護

 私は小さいころから基本的にお料理はさせてもらえませんでした。
家のお手伝いがしたいという意欲があり、やりたかったのはお料理でしたが、これはお母さんがやるからお風呂掃除とかお願いといわれしぶしぶそっちをやっていた記憶があります。

包丁や火は危ないからやらなくて良いとの事で…

なんかもう覚えてませんが、危ない事(怪我の可能性が付きまとう事)は基本的にやらせてもらえませんでした。
※運動は除く?

そして何もしたくないぐぅたら娘へ…

過保護ドン引きエピソード

個人的に今思い返せば本っ当に恥ずかしいなと思う事の一つ書いてしまおうと思います。

私、母親とスーパーとか行くときに
小学校高学年になっても母親の自転車の後ろに乗せてもらってました。

あのちっちゃい子が後ろに乗れる椅子に。
(当時は今の全身ホールドするような椅子とは違くて、もっと簡易的で腰の高さ位しかない鉄のかごみたいな造りの椅子でした)

ああああああぁぁぁぁ
思い出すだけで恥ずかしい!
自分の意思ではなかったとはいえ恥ずかしい!

当時もう自転車乗れたんですよ!?
同じスーパーに行った友人とその親とすれ違ったとき、友人は一人で自転車に乗ってたんですよ!
なんで当時の自分はおかしいと思わなかったんでしょうね。

もうそこそこ大きくなったとはいえ、私も私ですが、母親も母親でおかしいと思おうよ…と今になって思います…

母親がいいと思うことしかやらせてくれない否定の日々

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何かやりたいとき、もちろん親なので子供のやること、やりたいことはチェックし、危ない目に合いそうであればそれから守るのも親の使命だと思います。
でもそれが行き過ぎていたら・・・?
子供は自分で判断する力が育たないですし、自分の決断にも自信が持てない子になってしまいます。

そしてその通りになりました。
小さいころは疑問に思いませんでしたが、年齢が上がるにつれてやりたい事、出来る幅も広がるようになりますが、母親の口出しは特に厳しくなっていきました。

バイトをするにもこのバイトはだめ、お前には無理。
何か始めたくても初めの一言は駄目か一旦時間おいて考えよう。といった感じでした。

なんか、すんなりいいよ。とりあえずやってみなよ。という言葉を聞いた事があまり無いように思います
もちろん私が世間知らずで、思考も足らず、大人から見たら無謀な事をしようとしてたのでしょうが…

これやってみたい→でも不安だ、母親に聞こう→母親「ダメ、お前には無理」→私「何でよ!」イライラ
の流れが恒例でした。

でも、こんな風に毎回何か始めたいのに否定の言葉をくらっても、私は母親に確認しないと不安でいました。
母親に許可を、もしくは誰かに太鼓判を押してもらわないと怖くて出来ない。
そんな思考の癖がついてしまい、更には常に自分の行動にも自身を持つ事が出来ませんでした。
(逆らって後から怒られるのも嫌だなーというのもありました。)

 

それで諦めた(自分から身を引いた)夢もあります。
当時、就職当時氷河期にぶつかってその業界はタダでさえ少ない募集の中で、私の目指していた業界は技術やセンスが必要で、面接さえ至らずにバッサバッサと落とされまくりました。
でも1社だけ受かったところがあるんです。

その業界、大変な割に給料が低く(腕が上がるまでは睡眠時間削って仕事を掛け持ちするか、家族のサポートを受けないと生活できないくらい)辞めちゃう人が多いらしいので、とりあえず大量に取って最終的に出来る人間が1人2人残ればいいなというスタンスの所に受かったんです。
(面接の際に実際にそういわれたという衝撃)

そういう業界なので、就活前から母の反応も微妙~で、ならせめて待遇のいいところに就職しなさい、といわれていました。
ですが自分の実力ではそういった待遇のいい大手の所は受からず…。

そういうのもあって採用されてとても嬉しかったにも関わらず、いざ受かってもその世界てやっていく自信が最後まで持てず、結局辞退して夢そのものを諦めてしまいました。

なんというか、夢だから目指してみたけど、受かっても就活中はこの業界私には無理だろうなぁ~でもやりたいな~ってモヤモヤしながら就職活動してました。
今思えば本当に時間の無駄でしたね。

その業界で就職活動を行う事で母親に対する反抗の姿勢を見せただけで、結局母親の反対に従った形になったわけです。

母のせいにばかりしてるように書いてしまいましたが、結局は自分の意思の弱さもあるんですけどね…! 

 

 まぁ今となってはそれなりに自由に人生楽しんで生きてるのでこれはこれでいっかな!と開き直ってます。

母親からの束縛、過干渉、依存で、自分も母親に依存傾向にありましたが、次は自立への話です。

その2へ続く…

 

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